教育福島0005号(1975年(S50)09月)-028page

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教育随想

ふれあい

当番日誌から

 

当番日誌から

東瀬 聖子

 

昭和四十九年の当番日誌から、高校一年生のA子の生活記録の断片を拾ってみる。

当番日誌とは、HR日誌とは別であり、二人ずつ順番に当番に当たり、その日のクラスの雑用を受け持ち、二冊の日誌に、クラスの出来事、反省、要望、先生から受けた注意、当番の状況学校全体の行事等を各欄に記入すると同時に、家に持ち帰って自分自身の生活記録(日課表、読書感想等)を書き翌朝、担任に提出し、先生の言葉を書いてもらって、次に回すのである。生徒は担任が何を、どんなふうに書くかクラスメートがどんな本を読んでいるかなどを、担任は生徒が何を考え、どんな時間帯で放課後を過ごしているかクラスのふんい気はどうかなどを、お互いにこの日誌から読み取ることを期待している。あるときは、この中からホームルームの議題があげられ、討論のきっかけにもなる。

五月十日(金)

毎日、同じことの繰り返しでなんの進歩も見られない。特に部活動が運動部でないので、充実した生活が送れないのか……。中学校のときは、ソフトを一生懸命やっていたせいか、苦しくとも生きているナァと感じたものだった。しかし、今の私の姿はなんと情ないことか、なにか生きている証拠みたいなものをつかみたい。インターハイ会津予選のため午後の授業がなく、試合を見学した。一つのことに打ち込める選手たちをうらやましく思う。

〈先生の言葉〉

高校生活一か月目の感想の一部ですネ。大切なことです。部活動から与えられるのを待つのではなく、自分から求めて生きがいを見つけることです。「生きがいは存在するものではなく、探し求めていくもの」。

六月十一日(火)

昨日の個人面接で先生がおっしゃった「歩きながら考えなさい」という言葉、自分なりに考えていますが、結果が出ているのに、私が否定しているように思われます。確かに入部したいのですがだめです。でも、青春ってなにごとにもぶつかっていくことなのに私はそれをしない。そんな私に高校時代の足跡が残るだろうか。

〈先生の言葉〉

あなたの現在の考え方で部活動と学習の両立は不可能だという結論に達したのなら、それに代わる自分の生きがい、青春の足跡となるべきものをとらえ、充実感を味わって欲しい。汗を流さず、涙を流さず、楽をして得るものは少なく乏しい。

九月二日(月)

夏休みが終わり一週間が過ぎた。あっけなく終わってしまったものだ。計画なんて、全然だめ。毎日、クラブで始まりクラブで終わると言っても過言ではない。最近、読書をする時間も前よりずっと少なくなった。部活動と勉強の両立を改めて考え直し、時間を有効に使えるようにしなくてはと思う。〈先生の言葉〉

いつもきちょうめんに記録されていて感心します。とうとう、ソフト部に入部し、夏休み中、炎天下での練習に挑んだのですネ。初心忘れず、一学期間、考えたこと、話し合ったことが役だつよう努力してください。

A子は、その後、真っ黒に日焼けして毎日、きびきびと練習に励んでいる。皆とおしゃべりをしたいのだが、慣れるまで、それができない自分の性格を苦にしていたのに、黄色い金切り声を張り上げ、楽しそうだ。

でも、この生徒は、中間考査の勉強が十分にできなかったとか、その後の部活動で学習が思うようにはかどらないのは意志が弱いからだとか、自分の生活態度の不完全さを意識的に取り上げ内面的葛藤を常に持っている様子が随所にうかがわれるのだった。

 

(県立大沼高等学校教諭)

 

 

 


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