教育福島0008号(1976年(S51)01月)-028page
教育随想
ふれあい
十年目の独り言
大塚透子
あの希望に満ちた教師になりたての時代からもう十年も過ぎてしまいました。少しは先生らしくなったつもりでおりますが、教科指導の面、生徒指導の面、どちらもまだまだ満足のゆく確固としたものがありません。生徒たちに自信を持って教えられることがほんとに少ない。目標はあるのですが、なかなか到達できないでいるのです。
この十年間を振り返ってみれは、さまざまな事がありましたが、大半は日常のささいな事として忘れ去られてしまいましたが、一つだけはっきり思い出される事があります。
それは高校へ入学したばかりの女生徒の担任だったときのことです。クラス内で金銭盗難がありました。クラブのお金を集金していた生徒が、ある日そのお金を机の中に忘れて帰ったのです。大金でした。生徒の父兄から連絡があり、わかりました。調査の結果クラス内部でなくなったと判明したとき、信じていたのに、裏切るなんて−と苦い思いに心は沈みました。同時に「生徒が仲間のお金など取るなんてありえない」と思っていた自分の甘さ、十分お金の取り扱いに配慮してやらなかったうかつさが腹立しかった。ダメな教師だ、と思った。私がお金を出して解決してしまおうかとも考えたが、生徒たちと話し合ったり、先輩の先生がたにいろいろ親切な助言を頂き、とにかくお金をもどしてもらおうということになった。取った者はだれか、決してせんさくしないことを約束した。一人一人に封筒を用意させ、だれにもわからぬよう箱に入れる。生徒たちは部屋にカーテンを張り、準備し、私の所へ持ってきました。四十数通の封筒の中の一つに、お金が入っていました。
この事を通して私は、本当に生徒の心に触れた思いがしました。一人一人何回も面接しました。私と顔を合わせるとたいていの生徒は涙ぐみました。アンケートにあやしいと思う人の名を書いた生徒は、友達を疑って後悔している、と言いました。だれ一人、自分さえ疑われていなければいいんだ、というような者はいませんでした。不平も言わず、実によく協力してくれました。取った者は、自分一人のために、こんなに多くの者に迷惑をかけたと思い、反省してくれたものと思いました。こんな彼女たちの暖い純真な心に触れることができ、心のすみにあった、一人だけ取った者がいるなどという疑いを気持ちよく忘れることができました。
事実、HR運営の最初の段階でこんな事があったので、その後お互いどうしが不信に陥ったり、ふんい気が暗くなるのでは、と心配しましたが、生徒たちは普通に振る舞い、高校を巣立って行ってしまいました。今は実社会で「人を信じるべきか」「信じざるべきか」、ぶつかり合いながら生活しているのではないでしょうか。私のこの経験は、現在私の生徒を見る目の基調になっていると思います。近ごろは、歌を一つ生徒たちと歌うにも世代の相違?を感じさせられ、生徒たちの行動、発言内容を見ても、ずいぶん私の生徒像と違うなあ、と思うことがあります。しかし、どのような生徒に巡り合っても、彼らの心をなんとなく信じられるるのです。
あまり厳しいめに遭ってきたことがないので、こう言えるのかも知れませんが、今後も生徒たちを信じて授業をやり、一人一人を大事に扱いながら、毎日彼らに接しようと思います。
(県立本営高等学校教諭)
昭和五十一年度
文部省教育モニター募集
一、趣旨
政府の文教施策について、広く一般国民から批判、意見、要望等を聞き、文教行政の参考にします。
二、仕事
一年に三回程度、文部省がお送りする文書に御意見などを記入し、回答していただきます。
三、募集人員等
三百五人 依頼期間二年
四、応募資格
教育について関心があり、教育モ
ニターとして仕事に熱意をもってい
る年齢満二十歳以上の日本国民です、
五、受付期間
昭和五十一年二月二日
〜昭和五十一年二月二十一日
六、申込書用紙の請求
二十円切手をはった返信用封筒を同封して左記へ請求してください。
〒九六〇 福島市杉妻町二−一六
福島県教育庁総務課
電話 福島(〇二四五)二一−一一一一(内線三九一六)