教育福島0081号(1983年(S58)06月)-006page

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はるなつあきふゆ

 

生涯スポーツと体育

早稲田大学教授 梅澤宣雄

 

〔筆者紹介〕

 

〔筆者紹介〕

福島高校から東京教育大学へ進み、同大学修士課程体育専攻科を昭和三十五年に修了。四十年には招かれて早稲田大学へ。現在、教育学部教授。

専門論文も多く、「新版現代学校体育大事典」「体育科教育法入門」「体育管理学入門」(いずれも大修館・共著)などがある。

昭和十年生。福島市出身。

 

体育という言葉は、文字通り「からだの教育」という意味に解されていた時代がありました。健康で丈夫なからだづくりがそれです。体力養成のための体操(兵式体操や普通体操など)を中心に、衛生も含めて体育としたものです。

明治以来、西洋の先進諸国に追い着き、追い越そうと、富国強兵を合言葉にして世の中が進んで行ったのですから、制度としての教育の中で行われる体育が、そのような社会を反映するのは当然といえましょう。

しかし、「からだの教育」という考え方の基礎には、心身二元論があったということは、疑う余地がありません。今日でも、知育・徳育というように呼んで、心身ともに健康で豊かな人間性を育てよう、などと強調する向きもあります。この場合の体育も、ほぼ同じ意味といって良いでしょう。

その後「からだ」だけを考えるということが、現実的にも理論的にも難しくなってきました。どこの国でも、いろいろな運動をする人がふえてきて、スポーツの全人的発達にみられる効果が、認識されるようになったのです。すなわち、体育を「運動による教育」とする考え方が主流になって来たのです。運動を手段として、からだだけでなく、より広い全人的発達にせまろうとするものです。『からだの教育』を内包しながら、それだけにとどまらず知的にも社会的にも発達を促そう、ということです。わが国では、第二次大戦後ずっとこの考え方を主

 

 

 


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