教育福島0081号(1983年(S58)06月)-025page
随想
雑感
村田三郎
鮫川分校に赴任して一年が過ぎた。教員生活三十年のうち、分校勤務ははじめてであった。
三学級七十九名の生徒、鮫川村出身者がほとんどである。職員は九名、全県で最も小さい高校で、校舎は木造、歩けばギシギシする。
休み時間、昼食時、放課後、職員室はにぎやかである。このようなことはいままで経験したことがなかった。連絡や相談、雑談等に最初とまどった。言葉づかい、先生に対する接し方、これでよいのだろうか、一学期に何回か話し合いを持った。はっきりした結論が出たわけではなかったが、もっと“けじめある生活”に、そして“家族的雰囲気を大切に”して指導することになった。
前年度は退学者なし。鮫川の高校生だけがそんなに良い生徒だけ集まっているわけでもないだろうが、と校長が指導主事に言われたと生徒集会の時間に話をした。たしかに小規模校であるから、全職員が、生徒の個性、家庭環境まですべて知りつくしている。加えて職員室のにぎやかなこと。このあたりに生徒指導がうまくいっている原因があるのではないかと思われた。
夜の会合も多い。PTA、保護委員会、同窓会等、地域の実態を考慮するとやむをえない。授業や部活動以外の事務量も多い。ほとんどの先生がタイプを打つ。一台の古いタイプはフル回転である。たった一人の女子教員は新卒で来客の接待に多忙である。そのうえ、保健主事の仕事も兼ねている。
少人数の職員であるからこそ互いが協力しあって、学校運営をしなければならない。先生方はそれぞれに与えられた分担を責任をもってすべてやりとげる。全く頭の下がる思いである。
多くの卒業生が訪ねてくるのには驚く。お盆、正月、連休時には特に多い。遠く離れてみると、家族的な学校がなつかしいのだろうか。
普通科ではあるが、就職する者が大半である。そのために職業教科も取り入れたカリキュラムを編成している。進学者は、毎年二名から三名であるので、もっと進学率を高めたいと思う。鮫川分校で学んでも十分に進学できるし、立派に就職できるんだ、という学校に私たちは努力していかなければならない。これが分校の使命ではないかと思う。
新しい校舎で新学期をスタートして二か月が過ぎた。すばらしい校舎である。県当局のご理解は勿論であるが、初代分校長でもあった石田村長はじめ村の方々の特段のご協力で、村民グランドの一角に校舎が完成した。図書室や視聴覚室、実験室等、そしてグランド、生徒たちは満足げに、学習に、スポーツに励んでいる。
今年もまた、数多くの卒業生が訪ねてくれて、あの元気のよい姿を見せてくれるだろうか。今から楽しみである。
(福島県立東白川農商高等学校 鮎川分校長)
新装なった校舎