教育福島0107号(1985年(S60)12月)-021page

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も、褐色でボロボロになった古雑誌が物置の片隅に重ねてあるが、少年時代の夢をはぐくんだ宝物である。

当時の生物学・科学知識は、「遺伝」「新昆虫」「科学」「生物科学」「生物」「生物界」「思想」「基礎科学」「生理生態」の雑誌と、子供向けの「自然研究」「われらの生物学」、「採集と飼育」等に負うところも大きい。「採集と飼育」は観察記録の投稿に便利であった。いづれも巨岩と砂礫の区別さえない背伸びの乱読だったが知識欲を満たし、かつ、生物学潮流の把握には充分であった。

現在、リーダー的生物学者の少年時代の名を、ボロボロになった投稿雑誌の中に発見するが、彼等も前述の如き体験を経てテーマを発見し、方法を学びとり、生物学を生涯の仕事にされたであろうと思うと、雑誌の果した役割の偉大さが理解される。

たまたま、波多野・稲垣の「知的好奇心」(中公新書)に接して「拡散的好奇心」と「特殊的好奇心」の語が目にとまった。解説は少年時代の原体験そのものの説明に近くて驚いた。即ち、知的渇望の中で生じた「拡散的好奇心」は、長じて「特殊的好奇心」に変容したことにほかならないのを知らされた。即ち、前者は高等動物一般に認められる新事象・事物に対する関心であり、これに働きかけて情報を引出す習性で方向性がなく、後者は知識が不充分なときに生じ、前者の後に新奇性・驚き・矛盾・困惑に直面した場合に方向性をもって生ずる、としている。そしてこの二つの好奇心は「適当な緊張」で「快」であり、その連続は「楽しい」という。教師を志して三十年、卓効なき教育現場にあって「動機づけ」の語は既に食傷気味で教育理論の科学性に疑念を抱く毎日であったが、この「二種の好奇心」概念は原体験にてらして、あらたな興味をいだくに充分であった、しかも好奇心が「外界と交渉」するとき向上心に変容するとすれば、第一線の生物学者の進路選択は向上心の表現そのものと納得できる。

では、飢えの無い物質文明社会の現代高校生に知的好奇心は存在するのだろうか。この疑問はしばらくの間、胸中を去来し検証の機会を待っていた。たまたま機会が到来して実験したところ、生徒の好奇心が立証され、学習意欲の喚起に意義をもっていることを確かめることができた。ここにその概要を報告して大方の御批判・御教示を仰ぎたいと思う。

 

二 実験時期および生徒

 

(一) 時期は十二月より翌年一月下旬まで

(二) 実験生徒群は三年生女子生物選択生(二クラス)。この生徒群は大学受験に向けばげしい勉強を続けている生徒が多いが、就職・推薦入試に合格した生徒も混って学習状況が不均一であるまた、講読学習の基礎としての化学・生物は全内容を学習ずみの生徒群である。

(三) 実験生徒は進路決定者のうち、十二名を希望と指名で選んだ。

(四) 進路未決定者は聴講者とした。

 

三 仮説の設定

 

次にかかげる五項目の見通しをたてた。

(一) 講読学習は高校生にも可能である。

(二) 新知識の吸収や研究過程を詳細に知ることは特殊的好奇心を刺激し、雑誌の特性から散発的ながら教科書の学習を深化させ学力の強化につながる。

(三) 新内容に関心をもたせることは拡散的好奇心を刺激し、やがて調和のとれた学習に導ける。

(四) 「学習発表」させることで、知的好奇心を外に向けさせ、向上心を刺激し、楽しい経験にさせられる。楽しい経験は次のあらたな知的好奇心を湧出させる。

(五) 卒業直前で、不均一な学習をしている生徒に対して、進路決定者には新知識の普及として、受験準備者には学力の強化としてそれぞれ有効である。

 

四 教材

 

(一) テーマの選択 雑誌には学術雑誌から普及誌、さらには週刊誌まで多岐にわたる種類があるが、共通する性質は、手軽に最近の情報を入手でき記録性に富むことである。そこで、はじめに「科学」「生物科学」「蛋白質核酸酵素」「自然」「遺伝」「採集と飼育」「昆虫と自然」「動物と自然」「植物と自然」を一覧し、生理学・生化学・分子生物学・行動学的分野の記事で単なる記録記載に終始せず解析的な内容に重点をおいている「遺伝」(裳華房)と「自然」(中央公論社)を選んだ。

さらに、抽出した記事を掲載した雑誌を生徒に示して個別に選択させた。二クラスなので重複して選択された題材もある。個別選択にあたっては内容の大要を知らせ、生徒の能力を勘案しながら配当をした。二人でチームをつくってもよいことにした。

(二) 生徒の選んだテーマは遺伝子組み換えに関するものが多く、生理学・行動学に関するものは少なかった。これは、選択の時期にDNAの情報伝達のしくみを学習していたためと思われる、例えば、「環境ガン原生物質によるDNAの損傷」「組み換えDNA実験技術」「組み換えDNA遺伝子の形質発現」等である。

 

五 展開

 

(一) 学習の指示 「これまで学んだ高校理科の知識をもとにして、新知識と新事実の発見法・研究法を雑誌を読んで学びとり、内容を学友に判りやすく上手に発表するように」と指示した。

 

 

 


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