教育福島0113号(1986年(S61)08月)-029page

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らの声は妙に沈んでいる。思い当らない。「失礼ですがどなた?」しばらく間をおいて「今年高校三年のT子です。夜中で失礼ですが」進路について悩んでいるとのこと。家庭の事情により四年制の大学には行けないが、教師になりたいのだがと、とつとつと話してくる。この子が進路について悩んでいるなんて夢にも思わなかった。家庭的にも恵まれ何不自由なく学校生活をおくっているんだとばかり思っていたのに、それも三年まえに送り出した生徒がせっぱ詰まって電話してきたのかと思うと年がいもなく、ついホロリとなってしまう。夢もあり希望もまたよし。しかし、現実はそう簡単でないことは理屈のうえでは分かっていても、どう考え、どう処理していったら良いのか苦しんでのことだろうと思うと、すぐにでもいって真正面から話してみたくもなる衝動をおさえ電話で話すこのもどかしさ。でき得るかぎりの助言をしたつもりであるが、その後のことはまだ知らされていない。教師生活の中からいろんなものを取り出すことはできるが、生徒のこととなるといつもぐっと詰まるものがある。「ああしてやれば」「こんな具合に」と日々反省の連続である。

「先生、A子の家から欠席の連絡がありませんので、ちょっと行って来ます」若い同僚が、朝の茶を飲む間もなくそそくさと出かける。またベル、今度はB男の母から「体がだるいと言っているから休ませる」と、「甘やかしているな、様子を見て来ます」別の先生。「先生、こういう時はどうやればいいですか」まじめな顔して聞かれる。一瞬とまどう。何年やっても教師という職業は「これでいい」なんてものでないことを痛感させられる。しかし、迷ってばかりはいられない。自分の信念と情熱をもって生徒にあたり、若い同僚に少しでも役に立てる先輩教師でありたいと思う今日このごろである。

今朝も静かな職員室。その静かさを破る電話のベル。何回も鳴り響いた。

(喜多方市立第三中学校教諭)

 

子どもに学ぶ

横山純子

 

かったです。三百円もらったので、自由勉強のノートを買おうと思います」。

 

「きのう、家に帰ってから、お父さんとお母さんが朝四時に起きてとったたけのこの皮むきをやりました。夕方の六時半から十一時までかかりました。とてもねむかったです。三百円もらったので、自由勉強のノートを買おうと思います」。

ある日のM子の日記の一部である。それまで走り書きのような字で朱書きを入れていた私の手は止まってしまった。言うまでもなく、M子のがんばりに心を打たれたからである。「またしてもやられてしまった」と、四月からの子どもたちの姿を改めて思い返した。

私は、今春、へき地の小規模校に赴任した。全校生四十九名・担任する四年生は、わずか七名である。家族的な親密感のある学校生活は、日々、触れ合いの喜びを味わわせてくれる。始めて小学校担任を経験する私は、それを一層強く感じるのかもしれない。しかし、日常生活はそう甘いことだけではない。少人数と言えども、一日中互いの人間関係のからみ合いに終始するのは同じであり、遠慮のいらない間柄にはそれが露骨に出ることも多い。また、教師の影響力も敏感にあらわれ、小手先の指導技術よりも教師の人間性の肝要なことを強く知らされ、身の引き締まる思いをする。時にはどちらが先生だかわからないことさえあるが、そんな生活の中で子どもたちから学んだことは、「生きるたくましさ」であった。

働き者はM子だけではない。実によく仕事をする子どもたちが多い。「田植えの時、はだしで田んぼに入ったら、なまぬるくて気持ち悪かったよ」と話しかけてきたT男や、山のようなぞうきんを無心になってもみ洗いしているS子などの姿を目の当たりにする時、何とも言えない感情が込み上げてくるのである。

ところで、昨年まで家庭科を担当していた私は、子どもたちに生活に立ち向かうたくましい実践力を身につけさせたいと願ってきた。しかし、いくら手だてを講じても、家庭での生活経験の貧しさから、自主的に実践しようとしない子どもたちが多いことにもどかしさを感じていたものである。ところが、目の前の子どもたちには、すでに、生活を築いていこうと努力する姿勢が、家族への温かい思いやりとともに豊かに培われているのである。家族愛と地域の結びつきの中で、次代を担うたくましい子どもたちが着実に育まれている。このような子どもたちであるから、気性は少々激しく、言葉づかいも荒々しい。それでも私は、無性に好感が持てるのである。

こんな雑感を抱きながら校庭で遊ぶ子どもたちをながめていると、N子が寄ってきた。そして、「先生は、これをもう一回まる付けんなんねだよ」と、まちがったところをやり直した答案用紙を私に突き付けると、さっさと遊びに行ってしまった。

(会津若松市立原小学校教諭)

 

 

 

 

 


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