教育福島0115号(1986年(S61)10月)-017page

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ぱいに描かれたものが見あたらないことからも、泰西王侯騎馬図はこの種の作品中の代表作であるといえます。

泰西王侯騎馬図は現在神戸市立博物館とサントリー美術館に分蔵されています。会津には蒲生氏の時代に持ち込まれたといわれますが、戊辰戦争後、城にあった様々な品々と共に会津から流出し、その後数々の流転を経て現在に至っています。分けられている二つの塀風がならぶのは戊辰戦争後二度目の事であり、しかも故郷会津での再会は初めての事です。神戸本の剣をふりかざし立ちまわる激しい動きと、サントリー本の馬上にたたずむ静かさとの対比も見どころの一つです。二度とないかも知れないこの機会に多くの方々に御鑑賞いただきたいものです。

 

泰西王侯騎馬図屏風(部分)(神戸市立博物館蔵)

泰西王侯騎馬図屏風(部分)(神戸市立博物館蔵)

 

泰西王侯騎馬図屏風(部分)(サントリー美術館蔵)

泰西王侯騎馬図屏風(部分)(サントリー美術館蔵)

 

(2) 松平定信周辺の画人たち

 

白河藩主松平定信は十一代将軍家斎の時政下で老中に抜てきされ、有名な寛政の改革を推進した人物ですが、彼は秀れた政治家であると同時に秀れた文化人でもありました。

亜欧堂田善は須賀川の出身で、定信にその画技を認められ、世界地図の模刻のため当時わが国では黎明期にあった銅版画技術の習得に努め、すぐれた作品を数多く残しています。今回の展覧会では彼の油彩画の代表作である《七里ケ浜図》が出品されます。この時期、七里ヶ浜や江の島といった画題は画人たちに好まれたようで、司馬江漢や歌川広重らによっても描かれています。

田善から油彩技法の指導を受けた会津藩の画人遠藤香村の《七里ヶ浜図》が田善の作品に並んで展示されるのもまた見どころです。

松平定信は寛政五(一七九三)年、江戸湾防備の状況調査のため、伊豆方面の沿岸地方を巡察しましたが、その際谷文晃を同行させ、スケッチをさせたものが《公余探勝図巻》であり、現在東京国立博物館が所蔵、国の重要文化財に指定されています。この作品の見どころは、スケッチという目的にも叶った細い線による繊密な描写と、陰影表現や透視図法が積極的にとり入れられ見事に消化されている点です。谷文晃の代表作といえます。

定信のいわば文化的な事業として「集古十種」の編纂があります。これは当時全国の寺社・諸家に存していた宝物類の図を集めたもので、定信はこのための取材を谷文晃、巨野泉祐、僧白雲らに命じました。

今回出品される白雲筆《西西遊行誌帖》は集古十種取材旅行の際のプライベートなスケッチ集で、中国・四国地方の景勝が描かれていますが、中には宝物名の覚書きなども見られ大変興味深いものです。その画風にはやはり遠近法を学んだところが感じられます。また先の谷文晃の公余探勝図と並んで、白雲がそれを模写した《公余保磁之写》も出品されます。

このように今回の展覧会では、松平定信の周辺で活躍した画人たちの代表作が一堂に会することになり、見どころの一つにあげられます。

 

(三) 話題の数々

 

泰西王侯騎馬図や松平定信周辺の画人の他に、いくつかの見どころをあげてみます。

相馬駒焼の二代から十代までの清治右衛門の作品が展示されるが、今回それと共に《駒絵図巻》が出品されます。これは九州黒田藩の絵師石里洞秀によって描かれたもので、様々なポーズの馬が並べられており、相馬焼絵付のテキストとして田代家に代々秘蔵されていたものです。

また相馬からは旗指物も出品され、黒地に赤丸といった大胆な意匠には、現代の我々も驚くような斬新な感覚と迫力に満ちています。

蠣崎波響は松前藩の家老であり秀れた画人でありましたが、今回彼の初公開の美人図も展示されます。

県内の諸藩とは直接つながりはありませんが、県立博物館で新しく収蔵した《犬追物図屏風》も出品されます。これは犬追物という武家の風俗を描いたもので、華やかな人々の服装なども豊富なバリエーションをもって描かれていて興味をひくものです。

 

他、武家の文化を今に伝える様々な遺品も展示されております。

 

 

 


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