教育福島0115号(1986年(S61)10月)-028page

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り絵クラブに所属し、大変熱心に活躍した一人で、手先が器用なこともあって技能も向上し、よい作品を仕上げたものであった。切り絵の美しさに魅了されたのか、卒業後も趣味へ発展させ僅かな暇を見つけては、作品の製作に励んでいるのだという。

彼の問いかけに端を発し、しばし切り絵談義に花を咲かせたのであるが、切り絵に対する情熱は素晴らしく、指導者であった私自身の不勉強さを叱咤激励される有様であった。

彼は休日で用事のないときは、努めて市内の書店や文房具店などを巡って、切り絵に関する図書を閲覧したり、材料・用具や額縁さがしをするようにしているとのことである。

持に用紙類については、相当苦心しているようで、どんな用紙がいいかを貴重な体験を交えて話してくれた。

製作した作品は、ほとんど職場のかたがたに寄贈し、大変喜ばれているばかりか、沢山の申し込みがあって、要望に応じきれないで困っている様子である。製作に当てる時間不足もあろうが、経済的に余裕のないことに左右されているように思われた。

「こんど、職場の小母さんと、手造りのプレゼントを交換することにしたんだ。売っているものより、心がこもっからいいばい。ぼくが切り絵を贈ると、小母さんは、ぼくにセーターを編んでくれるって……。楽しみにしてるんだ」

『手造りのプレゼント』とは、なんと光彩を放つことばだろう。世の人々に久しく忘れ去られている心の温もりの贈物。このことばは彼の発想ではないにしろ、贈物には心を込めることの大切さを、身をもって体験できる機会を与えてくださったかたに、感謝しなければならないだろう。

趣味を特技として生かし、人々を喜ばすことに生きがいさえ覚え、その日その日を精一杯生きているM君。何が彼をこれまでの人間に成長させたのであろうか。

薄給の中の乏しい小遣いの総てを費して、勤務後あるいは休日に、疲れた体にむち打って、人々を喜ばすために根気のいる切り絵製作に情熱を燃やすM君の姿を想像するとき、私の胸に熱いものが込み上げてくるのを禁じ得なかった。

持てる能力と自分らしさを十分発揮し、切り絵を通して他者の心を和ませそして、いまを真剣に生きているM君こそ、自己実現の道を歩んでいるのであり、真実の幸せを掴んでいるのだと言えるのかも知れない。

『手造りのプレゼント』、温みのある心を贈られた一日ではあった。

(県立石川養護学校教諭)

 

わすれ得ぬM子

 

わすれ得ぬM子

三瓶節子

 

作入賞の知らせが入った。全員で九月に取り組み送付しておいたものであった。

 

船引小学校で、初めて養護学級を持った年の十一月の或る日、M子の学校防火ポスターコンクール佳作入賞の知らせが入った。全員で九月に取り組み送付しておいたものであった。

私にも思いがけないことだったので「やった」と心の中で叫けんだことを今でもおぼえている。当時M子は、学校で一言も話さない場面かん黙児だった。前担任も、何とか話させようと努力されたが、話さなかったとのことであった。入学以来一言も話さず、私が担任になった時は、五年生であった。

一学期中には、何とか話させたいと思い、養護教諭のI先生と話し合い、健康カード係にすることにした。毎朝「おはようございます」と言って保健室ヘカードを届けられるかどうか、みてもらったり、好きな女の子を、そばにつけて、遊びにさそわせたりした。しかし、だまってカードを置き、ただ黙々と行動し、友だちのさそいにも、そおっと入るだけだった。 「おはようございます。と言ったら、教室へ入ってもいいよ」と言ったこともあったが、入口に立っているだけで、効果のないことがわかった。

二学期も半ばを過ぎ、あせりも、あきらめに変ろうとしていた時に、この朗報だったので、この機会を生かして、話させたいと思った。早速みんなの前でM子が賞に入ったことを知らせたら嬉しそうな表情をしただけで声は出なかった。みんなに「いいなあ」と言われても沈黙しているだけだった。

やがて大きな県教育長名の賞状と、絵の具の賞品が届いた。校長先生にお願いして、全校朝会で伝達して頂くことにした。M子には、賞状のもらい方や返事を指導したが、いくら名前を呼んでも返事をしないので、つい私も、「もらわなくてもいいの」と言ってしまった。約束した朝会の月曜日が近づいて来て、あせるばかりだった。土曜日になってかすかに、「はい」と言う声を聞いた時は、「ほら、言えるんじゃない」とだきついてしまった。

七百人の前で、たった一人小さな声ではあったが「はい」と言った声が私の耳にも聞こえてきた。校長先生から賞状と賞品を頂くことができた。養護教諭の1先生に「先生よかったね」と言われた時は、さすがに胸がつまった。

以来M子も小さい声で答えるように

 

 

 


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