教育福島0123号(1987年(S62)08月)-031page
ばしってくるようにさえ思える。
教員生活二十二年を迎えた。今だに試行錯誤の毎日である。東井先生の足元にも及びもっかないが、子どもの目ばちにこたえるため、いのちを磨くしごとに情熱を燃やすため、大切にしていきたいことがある。どの子も自分を伸ばしたい、現在も将来においても生きがいのある生活を送りたいと願っている。そのため、教育相談的な態度で接し、正しい自己理解が進むような雰囲気づくりにつとめながら、分かる、できる、感じる、行う力の絡みあった豊かな学力を、子どもたちに身につけさせてやりたい。また、そのための努力を惜しんではならないということである。
(岩瀬村立岩瀬中学校教諭)
育てる
内藤瑞子
潮風を含んだ春風と共に、我が校に活気を運んできてくれた一年生の瞳は、六月の今、益々明るく輝いている。
去る四月の入学式には、あたり構わずの無邪気な振舞いと、話に耳を傾けようともしない子どもが多いのに多少あきれながら、これまでに受け持った子どもたちとはちょっと違うなという印象を受けたものだった。
この様子では怪我ばかりしている一年生になりかねないと不安さえ覚えたが、間もなくこの不安と心配が的中したのを知ることになる。
先ず、男女児を問わず膝や肘の擦過傷、喧嘩でつけた爪の引掻き傷、果ては、車のドアに指をはさまれたといった怪我等々、家庭でつくった生傷が昨日も今日もと絶え間なく続いた。
学校に於いては、衝動的に誰彼にとなく乱暴を働く子どもや些細なことですぐに泣き出す子どもが目につくようになった。
彼らの知的能力を見ると、読み書きや計算などは教え込まれているためによく覚えているが、相手の話を注意深く聞くことや返事・挨拶をきちんとすること、箸を正しく持って食事をするなどの基本的な躾がなおざりにされてきたようであった。
このような現象や問題行動が見られる要因は多元的ではあると思うが、第一は、親の過保護と)いつまでも子ども扱いにしていたことが子どもの欲求不満をつのらせ、そのままの状態で学校へ送りこまれた結果ではないだろうか。
この幼児期のひずみを立ち直らせるために、しつけなければならない時にはきびしく指導し、発散させるところは十分に発散させて欲求不満を解消してやることを心がけ、それとともに毎日短い時間ではあるが童話の読み聞かせを続けている。
入学後二か月経ったばかりであるが、落ちつきと賢さが増し、子どもたちは確実に変わってきている。校庭で汗まみれになって遊び、そして童話の世界に浸りきっている姿は、まぎれもなくはつらつとした一年生そのものであった。
また、六歳児の基礎づくりの大切さを親に向けて書き続けてきたことも、子どもを変えるための一つの実践であったように思われる。「朝会で、おしゃべりをして話を聞きませんでした。がまんする力が足りないようです。これは、学年が進めば自然に落ちつくというわけにはいかないものです。小さいうちにしつけなければ、勉強でも生活でもわがままがおさえられなくなります。今がしっけの最終的な時期です。今のうちに………」と、学校での生活の様子と担任の願いを込めて気負わない走り書きの文章で。
三人の子育て経験と三十余年の教職経験を生かしながら、親との連携プレーで、この子どもたちの人間としての基礎づくりにさらに努めていきたいと思う。二十一世紀を担う子どもたちのために。
(いわき市立四倉小学校教諭)
陸上競技の指導を通して
平子宗司
昭和六十一年四月、新採用で滝根小学校に赴任。その年から「全国少年少女リレー大会」という陸上競技会に参加しています。参加のきっかけは、「陸上競技の楽しさを知ってもらいたい。他地区の子どもたちと競い合う中で自分の能力を試させたい。そして何より・もリレー競技を通じて、子どもたちの人間形成に役立てたい」という、私の願いからでしたが、校長先生はじめ諸先生方、父兄の皆さんに快諾していただけたからこそ実現できたものと改めて感謝しています。
大会参加一年目は女子だけでした。結果は、他地区のレベルの高さを、まざまざと見せつけられる格好となって