研究資料分類基準G2-04高等学校社会科「現代社会」の研究-133/170page
資料1) オオカミに育てられた少女1920年のことである。インドのカルカッタに近いゴダムリの村で,狼の洞穴の中で狼の子と一緒に育った人間の女の子が2人発見された。大きい方は8歳,小さい方は生後1年半ぐらいだろうと推定された。2人とも生まれるとまもなく狼にさらわれたものらしく,猟師がとらえたときには,のびほうだいの毛髪が両肩をおおい,頭と尻を交互に上下して四つ足で歩きながら,手を出すものに対して歯をむき,うなり声をあげてとびかかってきた。
この子どもたちは牧師夫妻の経営する孤児院に収容されたが,年下のアマラは1年足らずで死に,年上のカマラは9年間生きてほかの孤児たちと一緒に生活した。
孤児院につれてこられた当初のカマラは,昼間は床にうずくまり,壁の方を向いたまま何時間もじっとしており,夜になると急に元気になって,まっくらな戸外を恐れ気もなく四つ足で走りまわったり,両手とひざをつかってはいまわったりした。声を出すといえば狼に似たほえ声で,それも夜中に3度,きまった時間に狼特有の遠ぼえをした。食物は犬のようになめて食べたり,肉を盗み出したり,腐肉をあさったり,鶏をつかまえて殺して食べたりした。また,着物を着ることをいやがって,むりにきせると怒ってすぐにひきさき,風呂で身体を洗うのもきらって死にものぐるいで抵抗した。
カマラが孤児院にきてからその後9年間に示した進歩は,まことに遅々たるものであった。ことにアマラが生きていた最初の1年足らずのあいだは頑強に狼の習慣をまもっており,人間の生活様式に抵抗した。しかしアマラが死んだ後は,カマラの対人関係は親しみの度をまし,シング夫人のことを「マー」とよんだり,空腹やかわきを訴えるのに「ブーブー」といえるようになった。
3年たった11歳のころには,人なみに暗やみがこわくなり,皆にくっついてでないと暗いところへ出かけていけないようになった。
言葉は遅く5年目になって,やっと30語を話せる程度で,15歳(7年目)になってもわずか45語しか話せなかった。
しかし,この遅い成長が,正常な人間の子どもの成長の順序を正しく追っていた。また,最初は孤児院の事物や人や生活に全然無関心であったのが,しだいに積極的な好奇心を示すようになり,更に進んでものを覚えようとする学習態度となり,また,自分にできる仕事をやろうとする責任感や,よいことをしてほめられようとする気持などをはっきり示すようになった。
(田中国夫『現代社会心理学』2巻)