研究紀要第53号 「学習意欲を高める心理的治療への理論的アプローチ 第1年次」 -001/042page
1.学習意欲とはどういうことか
(1)学習意欲が問題とされる背景
学習指導の成立を子どもの側からみた場合,その根源的エネルギーが学習意欲にあることは否定することはできない。どんなに教師が熱心に学習指導を行っても,子供たちに学習しようとする意欲がなければ,充実した学習活動はおこらないから学習指導の効果があがらないことになる。学習活動の効果,ひいては学習指導の効果を規定している要因は数多く存在しているが,何といってもそれらの要因が働くための前提となっているのが学習活動に対する子どもの意欲である。
ところが,学習意欲は教科学習でのみ培われるものではなく,意欲的な生活態度という,より全般的で,人格的な生活態度から生まれるものである。したがって学校においては,教育課程のすべての領域で,あらゆる活動を通して高めるよう努めなければならない,教師の最も重要でしかも困難な仕事とされるものである。
このことから,子供の学習意欲をいかに高めるかということは,教育界においては,つねに古くて新しい課題にもなっているのである。
学習意欲が問題にされる背景も,時代の推移,社会的要請などによって変化をみせており,特に「学校への興味の減退が学年とともに進むことは一種の発達的傾向でさえある」というハーロックの指摘からも,学校教育での学習意欲の喪失が世界的規模で進行しており,日本に限られた問題でなく,世界各国でも解決が迫られている重要課題であることが理解できる。
ブルーナー(Bruner,J.S)は,学習にみられる子供の受け身の姿勢を,「観覧性」ということばを使いながら,ちょうど劇場やテレビでドラマをみるようなつもりで,教師の話をきく受動的な子供が増加していることを,学校だけの責任ではなく,家庭,社会生活にも原因があると指摘しながら子供の能動的,積極的な生活姿勢を求めている。
また,筑波大学杉原一昭氏は,子供の諸問題を考える時,それらの問題がおきる原因の一つに,学習意欲の喪失をあげている。例えば,非行の原因としての学校生活への不適応は,教室での学習意欲がないか,極めて弱いことに起因し,学校生活への適応は,友人や教師とよい関係をもつと同様に,学校において学習活動が頂調に行われてはじめてもたらされるものであるとし,学校不適応群の増加を防ぐためにも,子供たちの学習意欲をいかに高めさせるかといった問題を真剣に考え,手だてを講ずることの必要性を訴えている。
大阪教育大学北尾倫彦氏は,学習意欲という問題を重視する気運を作ってきた三つのファクターとして,
などをあげている。
ア. いわゆる三無主義といわれ,感動もしないし意欲もない子供が増え,そういう現代っ子の特徴が学習指導の障害になっているという認識があること。 イ. 知識注入的な教育が多く,このような指導によっては,本当に生きてはたらく知識や能力は身につかない。もっと子供の主体性を尊重した教育や指導が必要であるという認識が高まってきたこと。 ウ. 教育学とか心理学などの学問研究の分野でも,ブルーナーの主張以来内発的な動機づけを強調する教授理論が主流をなし,学問的にも内発的動機づけの性格なり理論に対して,学者の関心が高まってきたこと。 (2) 学習意欲とは
従来から,学習意欲に関する定義は,多くの学者からなされているが,現在のところ明確に定義づけられているわけではない。このことは,学習意欲ということばが,日常用語,あるいは教育用語であり,科学的概念として定義されたものでないことを意味している。さらに,
ア. 学習意欲を,単に学習態度の強さという現象面でとらえるのか。 イ. 学習活動を生じさせる内的動機としてとらえるのか。