研究紀要第62号 「事例を通した教育相談の進め方に関する研究 第1年次」 -017/049page
るいは規範性が欠けているといえる。また,父親は,子供の養育態度としては厳格さに欠けており,母親は,たてまえで子供の養育に当たっていると見ることができる。
● 「盗みの行為」に対する両親の養育態度
最初にお金を取ったとき,「なぜ取ったのか,兄のお金を取ったのはなぜか。」という本人の心を深く知ろうとしなかった。また,厳しく諭し,温かくいたわることもなかった。
盗みが高じて,よその家からおかねを盗むようになってからは,折かんする,そして「少年院や警察へやってしまう。」など,脅迫的な接し方をした。特に母親は,父親が別居していることから,父親の分まで養育の責任を負う立場にあるため,子供の行動に不安を覚え(親子関係診断テスト:不安型),「下校途中に寄り道をしない。自分の家か校庭で遊び,デパートや友達の家では遊ばない。あの子とならいいが,この子と遊んではいけない。」など,子供の生活の場や遊び相手を制限している。更に,母親と担任の先生が,連絡ノートを介して本人の行動を監視し,生活を規制している。
また,本人が盗みをすると,母親は必ず別居している父親を自宅に呼び戻し,父親のかかわりを求めている。父親が帰宅すると母親は安定し本人に対して穏やかに接する面も見られる。
5. 診断
両親の平生の養育態度に規範性やけじめのあるかかわりが欠けており,このことが本人の規範性や耐性の発達を阻害しているものと思われる。
規範性,耐性の未熟さに加えて,母親の,3人の子供に対する偏愛が問題の行為を誘発しているものとも考えられる。つまり,母親が最もかわいがっている兄は,本人にとってはかたきであり,その敵意が「兄の財布からお金を盗む」行為となって発現したものと推察される。
父親の別居をきっかけに,母親の,本人への指示的,禁止的なかかわりが一段と強まり,本人は母親の偏愛への不満に加えて愛情欠損の心境に陥り,母親への反抗心がうっ積し始めた。そして,この反抗心が,「母親が最も恐れ,最も口うるさく注意している"盗み"の行為」となって現れたものと考えられる。
また,盗みに対する過度な叱責,生活についての制限や監視が強まるにつれて,情緒不安定に陥り反抗心も増幅し,その腹いせに盗みが一層エスカレートしていったものと思われる。
母親のこれらの抑制的な養育態度は,父親の別居に起因するところが大きいものと推量される。
6. 指導仮説
主として,カウンセリング及び運動療法により次の指導援助を行う。
(1) 本人の規範性や耐性を育てるため,両親が規範性やけじめのある態度で養育に当たる。
(2) 母親の,3人の子供への接し方を公平にし愛情をもって接するようにする。
(3) 母親と担任教師との連携による対応を,本人への信頼感を基にして,自主的,自律的に生活させる態度で接するよう配慮する。
(4) 運動療法により規範性や耐性を育てる。
(5) 本人と母親への,父親のかかわりを深めるよう配慮する。
以上のことについて,両親が日常家庭で実践できるよう指導援助することにより,本人の情緒は安定し,規範性と耐性が発達し,盗みの行為は徐々に解消されるものと考えられる。
7. 指導援助の経過
(1) 第1〜2回面接ー平行面接により,診断及び指導仮説設定のための基礎資料を得る。
(2) 第3回面接一並行面接一
1 両親
● 今までの養育態度をかえりみる。
父「最初に兄の財布からお金を取ったとき