研究紀要第62号 「事例を通した教育相談の進め方に関する研究 第1年次」 -026/049page
母親は本人の将来を考え,学習させることに積極的であるが成果が上がらず心を痛めている。塾に通わせ学カを上げようとしているが,父親は積極的に子供へ援助することは少ない。
ー実存的次元ー
特に尊敬する人物はいない。周囲より常にだめな人間とのストロークを与えられ,何事にも自信のない生活を送っている。
5. 診断
母親との分離不安が高い。両親の拒否的な養育態度や能カ以上の要求がされてきたことによる不安や緊張感も常に高い。両親が自分にもっと気を使ってやさしくしてほしい。また,級友も自分のよさをもっと理解し,仲間の一員として受け入れてほしいと思っていた。
家族・級友に受け入れられない不満と劣等感がつっぱり集団に入ることによって,他への攻撃性集団への依存となって表出されたものと思われる。
また,担任や両親に注意されると,反抗的になり別のかたちの問題行動(深夜徘徊,シンナー吸引,家出,自殺未遂など)へとエスカレートしていったと考えられる。
6. 指導仮説
主な指導事項は
(1) 自己の長所に気づかせ,それを伸長し情緒の安定をはかる。
(2) 級友との関係の改善の必要性と,具体的に相手に対してどのような態度で接することが大切か気づかせる。
(3) 親子関係の改善をはかる。特に父親の愛情のあるはたらきかけをさかんにし,心の交流を深める。また,母親の承認する機会を意図的に多くし積極的に励ます姿勢をつくる。
(4) 夫婦関係の調和を深める。子供の養育について両親の役割を確認しあい,一致した考えで子供に対応するように心がける。
問題行動の改善のために本人へのアプローチを大切にするとともに,家庭での心の安定を図れるようにすることが,対外的な行動への自信ともなり,級友に対しても積極的に働きかけ,接近できるようになると思われる。
7. 指導援助の経過
(1) 情緒の安定をはかるために
1 カウンセリング
「先生と何を話してもいいの。ほんとうに私のいうことを聞いてくれるの。」「私が話したことだれにも言わないの?お父さんにも?」話し合いの中で,自分を理解してもらいための確認のことばが多い。
つっぱりグループでの自分の行動を素直に話す。自分がされた仕返しと淋しさ,劣等感が背景にあることがわかる。
カウンセリングを重ねるうち,スカートを待合室で縫っている。「手先が器用なんだね,先生のも縫ってもらうかな。」「みんなからへただといつもいわれているし,好きだけどだめなんだ。」しかし,その後のカウンセリングにはエプロン,ズボンなどを持ってきては手を動かしている。表情も柔らかく,笑顔さえ見られる。友だちとのことを話しても自分の行動について「どうしてあんなことしたのかな。」とふり返り,将来のことについて「看護婦かデザイナーになりたいと思っている。」と話すようになってきた。
2 運動療法
バドミントンをやる。始めおどおどし弱々しく打ち返す,失敗するたび「またやっちゃった,だめでしょ。」という。ルールを教えながら回を重ねるにつれ,ラリーも続き「やったあ。」と歓声をあげ,笑顔も見られる。「先生,またやりましょうね。」