研究紀要第79号 「基礎・基本の定着と個性の伸長に関する研究 第3年次」 -033/135page
2.「個性」について
本研究では,個性を児童生徒一人一人が持っている「よさ」としてとらえた。この「よさ」は,どの児童生徒にもかけがえのない特性として見いだされるものである。そして,児童生徒が自分の「よさ」に気づき,更に他からも認められることにより,自分で自分の「よさ」を意識したとき,勇気づけられ自信を持つことができ,学習への意欲がかきたてられるものと考える。すなわち,学習指導において児童生徒一人一人の「よさ」が生かされてこそ,自分自身がかけがえのない存在であることを自覚できるものと考える。このことがやがて自分自身の在り方と生き方を主体的に選択でき,独自性と柔軟性を兼ねそなえた人間の育成につながるものと考えた。
そのためには,知識面だけでなく見方や考え方,感じ方,興味・関心,学習速度などの違いにみられる個人差に配慮し,個性的で確かな思考力,判断力,表現力,創造力等の能力を高める視点から,指導内容・方法を個をみつめたものに改善し個に返すことが必要であると考えた。
3.「基礎・基本」と「個性」のかかわりについて
学習指導における基礎的・基本的な内容は,共通に身につけさせるべきものである。しかし,その定着までの過程は人それぞれに極めて多様であり,児童生徒の学習内容に対する興味・関心の違いや,見方や考え方の違い等を十分に考慮した指導が必要になってくる。そこで,一人一人の児童生徒の持つ「よさ」を重視して生き生きと活動させ,その連続の中で「よさ」が生かされ,更に伸長するように指導法を改善していくことが重要となり,このことによって初めて基礎的・基本的な内容が定着し,「よさ」が伸長するものと考える。
基礎的・基本的な内容が定着し,一人一人の「よさ」が生かされ育てられていく過程において,思考力,判断力,表現力,創造力等の能力(本研究ではこれらの能力をジュクタビリティと呼ぶ)が深くかかわりを持つと考えられる。つまり,基礎的・基本的な内容の定着を図る過程において,把握した児童生徒一人一人の「よさ」を生かす場を設定すればジュクタビリティが刺激され,それぞれが相互に作用し合うことによって,基礎的・基本的な内容の定着が図られ,「よさ」が伸ばされ育てられていくものと考える。
*ジェクタビリティ (Jectability):造語
judgment (判断), expression(表現) ,creation(創造) ,thought (思考)のそれぞれの頭文字に-ability(能力)を合成したものである。本研究では,これを判断力,表現力,創造力,思考力等の能力と規定して用いる。
「個性を発揮しつつ生きることができる力を育てるためには,児童一人一人が自分のものの見方や考え方をもって判断し行動できるようにすることが大切であり,各教科において,思考力,判断力,表現力などの能力の育成を重視する必要がある。」 (「小学校指導書 教育課程編成の原則」平成元年6月刊)と示されているように,ジェクタビリティは「自分のものの見方や考え方」のもとになる大切な要素と考えられるものである。
本研究では,このジェクタビリティを広義,狭義の二つの面からとらえた。
広義においては,今次の新たな教育改革の「視点」 「ねらい」として児童生徒が育成すべき目標概念の能力としてとらえた。
一方,狭義においては,単元の「指導計画」「指導過程」に位置づけられ,学習指導を通して指導者が涵養すべき能力としてとらえた。具体的には,実際の授業のいくつかの場面で「指導過程」の中に見えるように設定されるものと考えられる。
本研究の実践レベルでは,単元の教材内容や指導領域,指導目標に沿って,指導者が意図的,意識的に育成すべき能力として具体的に設定し,授業に組み入れて育て高めようとする,狭義のジェクタビリティについて研究対象として考えていく。
狭義のジェクタビリティが意図的,意識的に刺激され,思考力,判断力,表現力,創造力等の能力が相互に作用し合うことによって,基礎的・基本的な内容の定着が図られ, 「よさ」が伸ばされていき,それが広義のジェクタビリティの育成へとつながっていくものと考える。ジェクタビリティが育成され,児童生徒一人一人が自分のものの見方や考え方を持って判断し行動できるようになるとき, 「個性を発揮しつつ生きることができる力」が身についたと考えることができよう。