平成6年度 研究紀要 Vol.24 個人研究 -148/156page
やればいいか,結局は自分で見つけるしかないんですよね」と自分で言うようになった。
以後,面接は不定期となり,「自己臭恐怖」の訴えも軽減した。進路への不安の高まりに呼応する形で,何度か相談にも訪れたが,精神的に大きく崩れることはなかった。
4) 考察とまとめ
当初のA子は,対人恐怖症的な傾向も強く,極めて不安定な状態にあった。そこで,受容しつつ,しっかり支える対応を心がけるとともに,「自己臭恐怖」の訴えだけに焦点をあてるのではなく面接を継続していった。その結果,これまでの対人関係のトラブル,家族への否定的感情,自分の劣等感,将来への不安など,自己洞察を深める方向で話題が変遷し,A子の抱える問題の核心へと迫っていった。
(2) 研究のまとめ
ここでは1事例のみ取り上げたが,他の事例も含め,教育相談に訪れた思春期の生徒の自我の発達から把握した特徴として,次の5点がまとめられた。この成果が,自我の成長を促す指導援助の方向性を示唆すると考えられる。
1) 「自我同一性」の混乱が背景として認められる
問題行動や症状は単なる窓口に過ぎず,自分に対する劣等感や,どうしていいかわからないでいる不安感,対人関係での不全感,家族に対する複雑な感情など,さまざまな悩みとして訴えられている。
このことは,「自我同一性」が確立されないことが,さまざまな問題行動や症状の背景になっていることを示している。
2) 「自我同一性」の混乱は小学校高学年に始まる
小学校高学年は,「前思春期」と呼ばれ,第二次性徴に伴う身体像の変化が起こり,自己概念の変化がもたらされる時期とされている。このことから,「自我同一性の確立」へ向けての指導援助は,小学校から始めることが必要だと思われる。
3) 「性別同一性」の混乱が強くうかがえる
心理検査や面接の中で,自分自身の「男性性」や「女性性」を否認する言動や,大人になることの不安を示す内容が含まれている。
このことは,自分の「性」を受け入れられず「自我同一性」形成の基盤となる「性別同一性」が混乱していることを示すものである。
4) 自我の発達が妨げられる要因が認められる
成育歴からは,親が子どもの養育に十分かかわれなかったり,親自身が対人交流が苦手であるなどが明らかになった。このことから,子どもが健全に人格を発達させていくためには,適切な対人関係を経験することが必要であることを示している。
また,兄弟姉妹との関係で,親から十分愛憎を受けていないと劣等感を感じていることが多い。
5) 親が同一視の対象となっていない
最も身近な存在である同性の「親」が,子どもにとって肯定的な存在となり得ず,おとなのモデルとして「同一視」の対象となっていない。このことにより,「自我同一性の確立」が極めて困難な状況となっていると思われる。
2 「自我同一性」の評価尺度の研究
(1) 「自我同一性」に関する基礎理論
「自我同一性」評価尺度については,いくつかの尺度が研究・開発されている。これらはいずれもエリクソンの心理社会的発達段階を理論的な土台としているので,その理論について,概略を説明する。
エリクソンは,自我と社会の関連から,人間が所与の社会文化的状況の中でいかに生活していくかという人生の心理社会的発達課題を重視し,人生周期(life cyc1e)を8っに分けて考えた。
[資料1:エリクソンの発達理論]
発達段階 心理社会的葛藤 乳児期 I 信頼 対 不信 幼児期前期 II 自律性 対 恥と疑惑 幼児期後期 III 積極性 対 罪悪感 学童期 IV 勤勉性 対 劣等感 思春期と青年期 V 同一性 対 同一性拡散 成年前期 VI 親密性 対 孤立 成年期 VII 世代性 対 停 滞 性 老年期 VIII 統合 対 絶望 この中で特に思春期青年期の発達課題とされたも