福島県教育センター所報ふくしま No.27(S51/1976.8) -011/026page
ITPAによる中度精神薄弱児の言語能力障害の理解と指導への示唆
研究・相談部 吉 川 浩 先
1. はじめに
一般に知恵遅れの児童・生徒といわれている子どもの,学習上の障害として指摘されている症候のうちの大きな問題の一つとして,言語学習能力の障害があげられている。
言語は,受容と表出の数種の様式をもった,統合,記憶,想起などのたくさんの複雑な課題内容から成り立っている。
にもかかわらず,その言語学習能力の実態を一般的にとらえるだけで,治療的指導の焦点を定め方略を立てるのに具体的に役立つ様なとらえ方をするところまでは来ていなかったのではないだろうか。
これは,いくつかの言語機能間の関係をとらえたり,診断的見地から,あるいは治療プログラムの結果から,ある機能が他の機能にどのような影響を与えるかということについて観察するのがむずかしいからであろう。
ここ数年来,学習障害をひきおこしている子どもに,必ずといってよいほど見られる言語能力の障害に対して,診断と治療の間にある溝を埋める方法を開拓している検査として「ITPA言語学習能力診断検査」(IlinoisTest of Psycholinguistic Abilities: ITPA)が用いられ始めている。
ITPA言語学習能力診断検査は,ハルの媒介仮説を拡張したオズグッドのコミュニケーション理論に基き,カーク等が1961〜1968年にかけて標準化したもので,日本版は1973年に発行され,本県では,いちはやく,1967年に,中丸良彦が彼を中心とする「精神薄弱児の類型に応ずる指導法の研究グループ」で,斎藤義夫(現筑波大学教授)による「ITPAの概要」を紹介している。
現在までに,昭和48〜49年に適用を試みた中丸,吉川,昭和50年に適用を試みた二瓶亨・宮内治郎・奥村武司等がいるが,年々その普及が予想される。
次は,言語による表出の劣り(殆ど話さない)と精神発達遅滞を主訴として特殊教育を受けるようになったA児のITPAによる診断と指導への反映の例である。
2. 本テストで診断できる内容の概略
表象水準:意味を伝える言語シンボルを取り扱う,より複雑な媒介過程を使用する行動。
自動水準:高度に組織化され,統合されたパターンを,より無意識のうちに使用する行動。見たり聞いたりした系列を再生する能力。
受容能力:見えるもの聞こえるものを認知し理解する能力(視覚解号・聴覚解号)
連合能力:視覚的に提示された概念間の関係を見つける能力(視覚連合)や話ことばで提示された概念間の関係をひき出したり,言語的シンボルを内的に操作したりする能力(聴覚連合)
表現能力:話しことばによって概念を表現したり,動作によって考えを表現する能力(音声構号・運動構号)
構成能力:すでに聞いたことから次に言われるであろうことばを習慣的自動的に予知したり,視覚的に提示された不完全な形の部分から全体部分を認知する能力。
配列記憶能力:無意味な音声刺激の系列や,視覚刺激の系列の短期記銘能力。
PLA:言語学習能力の発達水準の目安をつける指標の様なもの(例:精神発達水準〜MA)
3. A児の実態(ITPA実施前の資料から)
- 中学2年生の男子(CA:15歳0か月)
- IQ:38(WISC但し動作性のみ,言語性検査には反応が測定できかねる程度しかなかった。)
- SQ:45(S-M社会生活能力検査による。SAは6歳9か月で「O」や「SH」に比べて「C」,「S」,「SD」,「L」が極端に劣り,中でも「C」は甚しく劣っている。) ※C:意思交換
- 積木模様構成課題解決を通して伺われた思考過程の問題点は,
- 再生的課題については所要積木の数が多い場合でも通過は良いが,創造的課題になると所要積木の数が2個の段階のものでも通過できないものが出てくる。
- 構成過程では,操作は継続しているが,かなり不活発な思考と無だな試行が多くみられ,分析劣位,低能力,情緒不安定を伺わせた。
- 学級担任からの情報
- 場への慣れに時間がかかり,その間おどおどした行動が多くなる。
- 理解力が劣り,課題の意味がわからないままでいる。(たずねるということをしない)