福島県教育センター所報ふくしま No.93(H01/1989.11) -004/038page

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随 想

鮎 の 友 釣 り


学習指導係長 五十嵐 康 雄


 おとり缶を水の通りのよい場所に埋める。服装を整え,10Mの長い竿を伸ばす。広い川原ではそれほど長く感じられない。竿に仕掛をセットし,.鮎を先ほどのとおり缶からたも網の中に移し,まず左手を水で冷やしてできるだけ鮎の体温との差を縮め,おとり鮎に安心感を与えながら手早く鼻環と逆さ針を付ける。

 ここまでの操作を静かにしかもおとり鮎の負担を少なくして流れに送り出してやれば,おとり鮎は流れを横切ろうとする。この時,条件が整えばおとり鮎は2,3M走っただけで元気いっぱいの野鮎を背掛かりで連れてくることになる。

 8月に入ると鮎も大きく成長する。しかし,1ケ月以上も連日釣師のあの手この手での針の下をくぐり抜けてきたつわものばかりであるから,そうそう易々とは針掛かりしてはくれない。

 私の仕掛は,細い(0.25号)水切り糸で水の抵抗をできるだけ少なくし,その上で鮎が前へ前.へと進むように小さな抵抗をかけるために鮎から穂先までの3分の1のところに小さな玉浮子を2個つけるのである。たったこれだけのことであるがこの2個の玉浮子がバイアスの役目を果たし実に様々なはたらきをしてくれる。

 このバイアスのために鮎は全く自由に泳ぐのではなく,細い糸における一定の管理下に置かれることになる。つまり竿を立てればバイアスは弱くなり,竿を寝せればバイアスは強くなる。また,竿の傾かせかたで鮎が進むべき方向も演出できることになる。

 このようにして,野鮎がいるところにおとり鮎が自分の意志で泳いでいくかのように誘導するのである。このことが静かな動作の中にできなければならない。すると野鮎は自分の縄張りに自由に入ってくる鮎を許すわけにはいかないので猛然と体当りしてくるのである。

 しかしながら,いかに鮎が野鮎の縄張りを侵害したとしてもその鮎が弱っていたり,不自然な泳ぎ方をすれば事情は一変する。野鮎はその侵入者を全く無視してしまうか自分の方から場所を移動してしまうことになる。

 鮎は不思議な魚である。韓国と中国の一部をのぞいて世界中どこにも生息していない。その意味では国魚といえよう。また,たった1年しか生きられないということはほとんど植物に近い。

 もう10年も前,当時仕えた教頭先生から鮎釣りの特別な楽しさを伺った。鮎はそれを手で掴んだときの感触が他のどの魚とも違う。石についた藻類しかたべないので手にくさ味が残ったりせず植物の匂いであることなど。

 本当だろうかと半信半疑ながら始めてみたのである。2,3年はほとんど釣りにならなかった。しかし,鮎に接し,鮎に関する本を読むうちに次第に鮎の魅力にひきずり込まれてしまった。

 ハイテクの粋をあつめた強くてじょうぶな鮎糸も0.25号となるとその扱いは細心の注意を必要とする。少しの傷も見落とすことはできない。また,どのようにうまく操っても,バイアスが常につきまとうので小さな小さな目印の動きを追って鮎が疲れていると感じたら,何はさておき手元に引き寄せて休ませるのが必要なのである。

 今度の土曜日には教え子のクラス会がある。彼女達も高校を卒業して14年,私との細い糸は卒業と同時に切れてしまったが,話題の中心が「いつも糸が切れてばかりいて私たちは糸のない凧のようだった」となるのか,「太い糸で管理し,締め付けてばかりいた」となじられるのか,いずれにしても彼女たちはもう人生に於けるつわものぞろいであろう。


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