福島県教育センター所報ふくしま No.93(H01/1989.11) -019/038page

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こちらに外出する用事があったものですから,お邪魔させていただきました。あの,突然で本当に失礼いたしました。早苗ちゃん,元気ですか」

 母親の表情が心なしか和んだような気がしました。「あら,いつも怒られているものだから,つい・…」母親は,つぶやきながら後を振り向くと,大きな声で早苗の名前を呼びました。すると,2,3呼吸の後,廊下のつきあたりから,静かに人影が現われました…。


 「それで,先生は,早苗ちゃんと会えたのね」

 「ええ,でもびっくりしました。早苗ちゃん,制服を着てたんです。お母さんの話では,よく午後までそうしているようなんです」

南先生は,大きくため息をつきました。

 「午後までねえ・…苦しいわねえ・…」

 「南先生,わたし,良かったんでしょうか」

 「最高よ。何より,学校不信になっている母親の心を少し開かせたでしょう。お母さんの言うとおりね。親も,分かってもらえず苦しんでいる。でも,私達は,えてして親を裁いてしまう。裁かれた親達もまた,子供を裁く・…家族カウンセリングっていうのは,まず親との信頼関係ね。やる気の出てきた親の子供への気持ちには,誰もかなわないわ」

 南先生はそう言うと,鏡を見ながらずれためがねを直し,まるで自分に語りかけているかのように何度もうなづきました。


早苗は登校したが・・

 何度かの家庭訪問の後,早苗は突然学校に姿を見せました。最初にやってきたのは,6月半ばのことで,昼休みに来て,すぐ帰りました。その後,断続的ですが,登校し,授業も受けるようになりました。佐藤先生は,早苗が楽な気持ちで過ごせるようにクラスの雰囲気作りに懸命でした。しかし,6月末から早苗は再び来なくなったのです。

 「わたし,自分が家庭訪問したから良くなってきたんだ,なんて心のどこかで思い上がってたんです。だから,早苗ちゃん来なくなったんです」

 「そうじゃないと思うわ」

 南先生は,優しく圭子先生をいたわりました。

 「早苗ちゃんは,きっと今学校に行って,問題がすべて解決してしまうことに抵抗があるのよ。お母さんのやっているスナックは,新町の角のところだったわね。一度,行ってみようかしら」

 南先生は何か考えがあるようでした。今度は,南先生が母親に会ってみることにしました。


両親の突然の学校訪問

 7月初旬の一学期末考査,一日目。一時間目のテストが始まって間もなく,圭子先生は突然校長室に呼び出されました。

 校長室には,校長先生,教頭先生,それに佐藤先生,南先生の姿も見えます。圭子先生が入室すると同時に,後ろ向きになっていた夫婦らしい二人が振り向いてお辞儀をしました。北川早苗の両親でした。校長先生がにこにこしながら言います。

 「和田先生,まあ,おすわり下さい。北川さんが是非先生にお礼を申し上げたいとおっしゃるんで・…今,詳しいことを南先生や佐藤先生から聴いたところですが,ご苦労様でした。早苗さんも,一時間目から来てますよ」

 両親の話では,早苗は昨夜,突然,今日からの登校を誓ったという。

 「お恥ずかしい話ですが,今ごろになってわたしども夫婦も,お互いに意地を張り合うのをやめて出直そうと話し合いまして,最近は家内の店も早く閉めて家族みんなで一緒にいるようにしていたんです。そしたら,早苗が昨夜そう言うもんですから・…ちゃんと続くかどうかわからんですが,とにかくご挨拶したいと思いまして・・」

 最初は母親一人で来るつもりだったのだが,父親も是非にと言うので,一緒に来たのだという。


北川夫妻の変化はなぜ?

 「でも良くわかんないんですよね。不思議でし


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