福島県教育センター所報ふくしま No.93(H01/1989.11) -020/038page

[検索] [目次] [PDF] [前] [次]

ようがないんですよ。南先生が母親に会って10日後ですよ,両親の態度ががらりと変わっちゃったのは・…早苗も休まず来ているし・…」

 「佐藤先生や圭子先生の熱意のせいよ」

 「そんなことありませんわ。ただ,南先生にお聞きしたかったんです。母親とどんなお話をされたんでしょうか。あの母親にどんなことが効果的だったのか,知りたいんです」

 「特別なことは,何もなかったわねえ。単に北川さんご夫婦の“機が熟した"だけかも知れないのよ。早苗ちゃんについても,同じことだわ」

 しかし,佐藤先生と圭子先生のたってのお願いとあって,南先生は母親と会った時のことを詳しく話してくれました。

 「開店前の忙しい時だったけど,快く会ってくれたのは,圭子先生のおかげね。いろいろなことを話していく中で,わたしも自分のことを話したの。二人ともご存じのように,私の主人は5年前ヒマラヤで遭難死して,息子の富夫と二人暮しよね。自分では気をつけているつもりなんだけど,いつのまにかがみがみ怒っているの。母親の役割の他に父親の役割までやらなくちゃいけないと思っているのね。そんな時,ふっと主人の部屋に行くの。主人の机や椅子はそのままになっているから,私は主人のロッキング・チェアに腰をおろして,主人の後姿にむかって話をするの。主人がそこにいるつもりでね。そうすると,不思議に心が落ち着いて,普通の母親にもどれそうなの。話したといってもその程度のことかしら」

 「でも,いいお話ですね。ひよっとして,そんなことから,北川早苗の母親は家族のあり方について何かヒントを得たのかも知れないですね。不本意な夫でも,いないよりましとか…」

 「辛らつね,佐藤先生。ただ,私達は普段,身近な家族ほど,そのよさを見失っているのじゃないかしら。本当は一番大切な人たちなのに,ね」

 「家族カウンセリングというのは,家族のあり方について洞察させることで,家族一人ひとりの成長を図るものだと考えていいんですか」

 「心理療法としての家族カウンセリングは,きっともう少し違うでしょうね。でも,わたしたちは教師だから,その考え方を参考にして家族を援助するということで良いと思うの。

 家族を変えよう,などと思わないで,悩んだり傷ついたりして苦しんでいる家族の気持ちを分かってあげられれば,それでいいんじゃないかしら」

 「まず,どんなことから勉強したらいいんですか。ぼくも勉強したいんですが」

 「本を読むことは,もちろん大切だけど,それ以上に,まず,自分自身のオリジナル・ファミリーつまり自分の育った家族ね一をふりかえることからじゃないかしら。そこで,家族から自分が何を得たのか,どんな時に喜び,どんな時に悲しんできたのか,それを知ることが相手に対する洞察を深めると思うのよ。

 教師の家族へのかかわり方は,一つ間違うと,新たなトラブルの原因にもなりかねないわ。それくらい微妙だと思うの。

 そよ風一そう,会ってお話しする時の,やわらかな春のそよ風のようないたわりと優しさが,わたしは好きだわ」

 外を見ると,考査中のグラウンドは人の気配がなく,初夏の強い陽射しがきらめいていました。しかし,三人の先生方はそれぞれに,やわらかく温かなものが心のなかを静かに吹きすぎていくのを,感じたのです。


 いかがだったでしょうか。家族の気持ちを尊重し,ともにかかわっていくことの大切さを,ご理解いただいたことと思います。

 もちろん,いつもうまくいくことばかりではなく,むしろ,現実の厳しさの前に落胆することの方が多いかも知れません。しかし,焦らず,家族の自己回復能力を信じて,粘り強くかかわっていくことが,今,わたしたちに望まれているのではないでしょうか。


参考文献
「家族療法の理論と実際 I」
            大原健士郎 星和書店
「家族療法入門」    遊佐安一郎  〃  他


[検索] [目次] [PDF] [前] [次]

掲載情報の著作権は情報提供者及び福島県教育センターに帰属します。