福島県教育センター所報ふくしま No.106(H05/1993.3) -004/038page
れてはいないのである。
日露戦争の世界史的意義
前述の問題と関連するが,外国の教科書を読んでいると,日本がかかわった歴史的な出来事のなかで,多くの日本人が考えている以上に,国際杜会に大きな影響を及ぼしている事例に出会って,時々ハッとさせられることがある。日露戦争における日本の勝利が国際社会に与えた衝撃などは,さしずめ,その好個のケースであろう。
むろん,日本の歴史教科書のすべてが日露戦争を取りあげてはいるが,その多くは日本と回シァの韓国・満州問題をめぐる衝突という観点に立ち,日本の勝利の影響を,日本の韓国植民地支配と満州進出,日米対立の芽ばえといった程度の東アジアの国際政局の範囲で描くにとどまっている。
これに比べ,アメリカとしては単に日露の和平の仲介という形でかかわったにすぎない出来事であるにもかかわらず,アメリカの世界史教科書のなかに,日露戦争について日本の教科書以上に多くのスペースを割いているものがあるのには驚かされた。そしてその見方も,はるかにグローバルなのである。たとえばある教科書は,日本の勝利による白人不敗の神話の崩壊が全世界に及ぼした深刻な心理的衝撃,とりわけアジアの民族運動に与えた甚大な影響を,当時10代の少年だったインド首相ジャワハルラル・ネールの回想録を長々と引用して,詳細に描写している。
第二次大戦後まもなく,インド・トルコ・フィンランドなどを訪れた日本人が,他の地域での悪感情に比較してこれらの国々の対日感情が予想外に良好であり,その原因が日露戦争の日本の勝利にあることを知って驚かされた,というエピソードをしばしぱ耳にするが,アメリカの教科書は,多くの日本人が忘れかけていた日露戦争勝利の世界史意義をあらためて,われわれに気づかせてくれるのである。中国の歴史理解
社会科教科書交換調査プロジェクトは,その後アメリカに続いて西ドイツ(当時)とも実施された。また,中国とは,開始直後に天安門事件に遭遇し,中断を余儀なくされたが,1992年から再開されている。他の国々とは共同調査会議を開くまでには至っていないが,教科書の交換は行われている。
発展途上国や杜会主義国の場合は,おおむね教科書は国定であり(中国は最近,検定制度を導入したが,まだ検定教科書は使用されていない),とくに社会主義国では,歴史教育はイデオロギー教育の一環でもあるから,教科書の役割や記述のあり方,その内容などは,自由主義国のそれとは大いに異なる。
たとえば,中国の初級中学の「中国歴史」の教科書は,14〜15世紀大陸沿岸を荒らしまわった倭憲についてはかなりスペースを割いているが,13世紀のモンゴルの日本侵攻(元憲)については記述していない。日本人の目からすると,いささかバランスを失しているように思えるが,逆にいえば,そこに中国の歴史理解・歴史教育のあり方が,あざやかに浮びあがってくるのである。