福島県教育センター所報ふくしま No.110(H06/1994.3) -017/038page

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随 想


冬 の 海 ・・・・・・のたりのたりかな


情 報 処 理 教 育 係 長 八 巻 茂 雄



きょうの海は波が小さく,穏やかである。速く水平線へ目をやると,船影がいくつも小さく見える。ちょっと見ただけでは動いているようには見えないが,数分もすると南から北へ,あるいは北から南へと,どの船も移助しているのに気付く。どこに行こうとしているのかな。どの港から出て,どこの港に行くのかな。どういう人が乗って,何を運んでいるのかな。実際はどのくらいの大きさなんだろう。どこの国の船かな。遠くの船は孤独でさぴしそうに見える。

沖の方の海面は,濃いエメラルドグリーンである。手前の方はライトブルーである。境がはっきりしていて,潮目なのかな。目を右に移すと,太陽の光が小さな波に反射して白く,そしてきらきらと輝いている。

浜辺には誰もいない。白い砂浜と,混った黒ずんだ波内際に,もっと白い貝殻が,夜空の星のように点々とある。

そういえば,時期的にはもう少し後だったが,十何年か前に子どもがヨチヨチ歩きのころ来て,白くて大きい貝殻を集めていたのを思い出す。子どもの手の平より大きいものを,子どもが何枚か重ねて持ち運ぼうとするが,多すぎて落とし,拾っては重ねて運ぼうとしていた。

それより数年前,教師になった年,遠足でここへ来たことも思い出した。多分,そのとき撮った写真が家にあるはずである。生徒は,白い襟カラーの制服を着て,帽子をかぶっている様子である。当時は,男子生徒に長髪が許可されたころだ。長髪といっても端正な髪型であった。まだ半数は坊主頭でもあった。浜辺で,ソフトボールをしたりして楽しんでいる写真もある。当時の生徒も今は,もう40歳前後である。

波の白さは変わってないが,砂浜は狭くなったように思う。テトラポットがあちらこちらに置かれてある。あのころこの浜辺では,馬車で砂を運んでいたっけ。当時より松の木が滅ってるようだ。違くに立つ灯台の回りにあった松も少なくなっている。

あの灯台にそのころ父親が勤めていたという生徒が,遠足に来ていた生徒の中に1人いたはずである。いつのころからか知らないが,今は無人になっている。「喜びも悲しみも幾歳月」である。

「春の海ひねもすのたりのたりかな」といきたかったが,今は冬,2時間もいればやはり寒い。最近,近くの海で遭難し,亡くなった方がいたという。穏やかな海も,変わりやすく,荒れ狂う。遠くを行き交う見知らぬ船の無事を願うものである。

過ぎ去った日々は,あの遠くに浮かぶ船のようで,手に届かない。これまで卒業していった,また途中で去っていった生徒の,その後の無事な航海と幸せな生活を祈念する。


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