教育福島0112号(1986年(S61)07月)-000page
教育福島 '86 7月号 Vol.112
目次
−表紙絵〜ベン・シャーン「まだ知らぬ国々の道を」−
特集
研究実践 [PDF] 社会科学習の観察・表現活動(前)大波小上染屋分校教諭 斉藤吉成
教育センターから [PDF] 全国教育研究所連盟総会・研究発表大会から
生涯教育インフォメーション [PDF] 生き生きとした学習社会の形成をめざして
名画散歩
表紙絵「まだ知らぬ国々を」 版画集≪リルケ「マルテの手記」よりべンシャーン
(紙・リトグラフ、57.3×453p、1968年制作 県立美術館蔵)
今月号では、「マルチの手記」の作者リルケについてご紹介します。
ドイツの詩人ライナー・マリア・リルケ(一八七五〜一九二六)はプラハに生まれました。ヨーロッパ各地やロシア、アフリカを遍歴し、作家トルストイや彫刻家ロダンなどとの交流を通して人生経験を深め、人間の内面をみつめた詩を創りました。 「神様の話」「形象詩集」「ドゥイノの悲歌」「オルフォイスに捧げるソネット」などの作品では、孤独な魂の叫びや苛酷な運命にさらされる人間への順歌が語われています。
「マルチの手記」はリルケの唯一の長篇小説で、マルチ・ラウリッツ・ブリッゲという若い詩人がパリに滞在して、そこでの孤独な生活のなかで秘かに書きためた手記という形式をとっています。一貫した筋や構成はありませんが、前半ではマルチが異国の地パリで見た悲しみにみちた現実が描かれ、後半では死と愛についての省察が中心となっています。
リルケが「マルチの手記」を書いたのは、一九〇四年から一〇年に至る六年間のことです。この頃リルケは妻子と別れてひとりパリに移り住み、ロダンの強い影響を受けながら、事物を視ることの意味を考察しています。主人公マルチには、リルケ自身の姿が投影されているのです。
(「少年時代の病気を」版画集《リルケ「マルチの手記」より》ベン・シャーン作、リトグラフ、57.3×45.3p、1968年制作 福島県立美術館蔵)